『おれたちモヒカン族:前編』 会社経営のAさんは、妻と息子の3人で暮らしています。 高校生の息子は学校の成績は常にトップクラス。高校入学祝いにパソコンを買い与えても特に成績が下がることもなく、むしろ見る見る賢くなっています。成績も下がらず、学校の勉強では学べない聡明さを身に付けている息子を単純に頼もしく思っていました。 しかし息子はただひとつ、賢いがゆえに普通の人とは違っている点がありました。息子はモヒカン族だったのです。 ある日、息子と妻が喧嘩を始めました。ことの起こりは、ここしばらく妻が服を相次いで紛失したことです。 「母さんのブラウス知らない?」 妻は息子に質問しましたが、宿題を終えて2ちゃんねるの鑑賞に忙しい息子はぶっきらぼうに「知らない」とだけ答えました。 「本当に知らない? このあいだから何着も無くなってるんだけど……」 まだ2ちゃんねるの鑑賞に夢中の息子は、母親の問いかけに 「僕が母さんの服の行方を知ってて教えないメリットはどこにあるの?」と、 全く心ここにあらずの答えを返しています。 「だってこの前から何枚もなくなってるし……」 「だから、無くなってるんじゃなくて自分で無くしたんでしょ?」 家で洗濯、整理整頓するのは妻の役目です。妻の服には触れる機会も動機もない息子は、その事実をストレートに指摘しました。 「どうしてそんな意地悪な言い方するのよ、まさかあなたが隠したんじゃないでしょうね!」 妻は、ただ単に別のことをやっていて面倒くさいだけの息子の鋭いツッコミを、悪意があると受け取りました。 「なぜそうなるの? 改めて聞くけど、僕が母さんの服を隠してどう得するの?」 息子はメリットとデメリットの観点から、自分が妻の服の行方について何の情報も持ってないことを証明しようとします。しかし、妻はその内容を吟味せず、単なる口答えと受け取りました。 「いま意地悪してるじゃない! どうして息子にここまで意地悪されなきゃならないのよ!」 息子は面倒くさそうに今まさに2ちゃんに煽りのレスを書き込もうとする手を止めて座椅子から立ち上がりました。 「だからやってないって、そこまで言うなら探すの手伝うよ」さすがの息子も妻がキれはじめていることを認識し、 妥協案を出したわけですが、妻は「もう嫌よこんな生活!」等と叫びながら息子をののしり始めました。 「ヒステリー起こさなくてもいいじゃん、僕も手伝ってるんだから」 でも、息子は妻の言動で傷つくことはとっくの昔にやめていたというか、むしろ10歳ぐらいの時点で既に自分より賢くないことを認識していたので軽く聞き流します。 「隠れて捨てたからもう無いんでしょ!」 息子の余裕ある態度に、妻はもう服を捨てて得られるメリットとデメリットを考えられる状態ではありません。息子が悪意をもって服を隠した、もしくは捨てたというのは既に頭の中で既成事実に変化し始めています。 「文句言う前に母さんも手を動かせよ。まずは定番のベッドの下から、と……あれ? これナニ?」 ますますヒステリーを起こす妻を尻目に、息子は最初に手を伸ばしたベッドの下から何かを引きずり出します。 「そんなとこにあるわけないじゃ……え?」 そこは、探し回っていたはずのブラウスがありました。 そもそも会話とは、昔から無理を通せば道理が引っ込むと言うように、理屈と感情で出来ています。 感情を可能な限り排除して、理屈を重視して対話しようという姿勢がモヒカン族なわけで、モヒカン族的な見地から理屈で鋭いツッコミを入れることを「トマホークを投げる」と言います。 そしてこの逆の、感情を害さないように話すことを重視し、道理すら引っ込めることも時には必要だという姿勢が村人的な見地です。もちろんモヒカンとは必然的に対立します。 つまり妻は完全な村人で、息子は立派なモヒカン族に成長していたのです。 |